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僕の8月6日! |
8月6日(水)、朝からばたばたであった。 8月6日は、思い出深い日でもあります。もちろん、広島に原爆が投下された日でもあります。自分にとってのこの日は、祖父の命日でもあります。祖父といっても、自分は一度も会ったことがない。63年前に、芦屋の浜で空襲に遭い、防空壕に住民を避難させ、最後に壕の中に入る寸前に直撃弾を受け即死されたそうです。「防空壕の入り口で、誰か爆弾くらった、誰かわかれへん。」このような叫び声が、混乱の中で聞こえてきたそうです。当時、お腹の大きい祖母は、ショックで足腰が立たず、遺体を眺めながら呆然としていたそうです。以来、祖母は、毎年毎年欠かすことなく8月6日のこの日には、芦屋浜の公園内、大きな松木の辺り、当時の防空壕の入れ口に、足を運び続けています。幼い自分も当時は、何も知らないまま連れて行かれ、祖母の真似をしながら手を合わせ、先程述べた話を浜に行けば話してくれました。現在は、数年前から祖母も体調が悪く、自分ひとりでのお参りです。現在は、公園も整備され、テニスコートもあり、多くの方の憩いの場になっていますが、線香を立て、松に向かって手を合わせる姿は、公園内では浮いた光景ではあると同時に、ここに防空壕があったことも風化していることを感じます。戦争を知らない世代、自分にとっては、手を合わせる瞬間は、自分なりに当時の戦争と悲劇をリアルに想像することが出来ます。経験はしていないが、祖母から聞いた話を、心にきっちりと留め、現在の自分が存在していることを深く考え、子供たちにもしっかりと伝えていきたいと思います。又、最後に、2年前のこの日は、政治家として初めて、落選を経験した日でもあります。現在は、府会議員として活動の場を頂いておりますが、その前段の選挙、補欠選挙に挑戦しましたが、複雑な人間関係の中、人を見る目のなさ、驕り、甘さ、そして自分自身の力不足の結果の落選した日でもあります。その後の、浪人生活は短期間ではありましたが、バッチのあるなしの差によって、悔しい思いの連日ではありましたが、結果的には、あの経験があったから現在の自分、活動、力の源でもあると考えています。8月6日は、自分にとっての特別な日であります。
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